慈光院

■ 慈光院の歴史   

 慈光院の建っている場所は、関東大震災で3万8千人余の焼死者を出した、陸軍本所被服廠跡である。震災後、築地本願寺、京都の本山から早速、救護の手がさしのべられ、救護所(現在のあそか病院)・託児所(現在の江東学園幼稚園)が、そして焼死した人々の追悼の場として、また残された者の心のより所としての説教所が設置された。説教所は昭和3年9月1日、慈光院として、間口7間2尺奥行10間の新築された本堂(ご本尊=阿弥陀如来像=京都美術学校教授 森鳳声氏の作で、木曽桧を材とし震災遭難者の遺骨粉を塗入し、漆蒔金粉を施した立像。体内にも長さ30cm直径3cmの筒に遺骨が収めてある。)で入仏法要が修行され、以来念仏興隆の道場として、また地域の人々の精神的支柱としての歩みを続けた。

 昭和20年3月9日夜の東京大空襲では、本所地区は焼土と化し、慈光院にも焼夷弾が落下したが、地元横網町会、本所消防団員の献身的な消化活動によって、焼失をまぬがれたという。戦後は大小さまざまな波乱を越えて、昭和30年の関東大震災33回忌を契機として、布教伝道の充実がはかられ、昭和33年3月には鐘楼が建立された。以来、本所の地にその荘重な音色が流れるようになった。昭和53年、本堂建立50周年にあたって慈光院門信徒はもとより、地元町会の支援によって、本堂改修が行われ、あわせて庫裡、境内の整備も完成し、浄土真宗弘通の道場としての偉容を完成した。

 平成28年4月、新たな始まりとして慈光院本堂の改築が行われ、新本堂が完成しました。

■ 主な年中行事(平成27年)  

1月01日
3月10日
3月21日
5月 下旬
7月15日
9月01日
9月23日
10月 下旬

〜11月01日
12月31日

 

修正会(元旦会)
戦災記念法要
春季彼岸会
降誕会(親鸞聖人誕生日)
盂蘭盆会
震災記念法要
秋季彼岸会
報恩講(親鸞聖人をしのぶ会)

 

除夜会(除夜の鐘)

■ 毎月の法要・行事(朝のおつとめは毎日7時)   
16日 07:00〜
16日 14:00〜
年3回
 
御命日総参拝
宗祖親鸞聖人御命日法要・法話会
キッズサンガ慈江子ども会